息子は、小学3年生の秋から小学6年生の秋まで、
約3年間ボーイスカウトに所属していた。
楽しかったこともあった。
学校ではできないたくさんの貴重な経験もあった。
でも、
大変だったこともたくさんあった。
今回は、
ADHDの息子がボーイスカウトで経験したこと。
続けて良かったこと。
そして辞めた理由について、
振り返ってみようと思う。
ボーイスカウトに入団した理由
「ADHDの子にボーイスカウトは向いているのかな?」
入団を考えていた頃、
そんなことを調べていた。
自然体験。
異年齢の仲間との活動。
学校以外の居場所。
当時の息子には、
そういう場所がなかった。
サッカーのような集団スポーツもしていない。
週末に定期的に通う場所もない。
生き物は好き。
自然も好き。
だから、
ボーイスカウトは合うかもしれない。
そう思った。
一方で、
集団行動についていけるだろうか。
周りに迷惑をかけてしまわないだろうか。
そんな不安もあった。
ちょうどその頃は、
ADHDの診断に向けて通院を始めた時期だった。
まだ診断はついていなかったと思う。
学校以外にも居場所があったらいい。
社会性が育まれるかもしれない。
そんな期待もあって、
ボーイスカウトへの入団を決めた。
ADHD息子がボーイスカウトで良かったこと
まず良かったのは、
学校ではできない体験がたくさんできたことだった。
キャンプ。
ハイキング。
釣り。
火おこし。
募金活動や清掃活動などのボランティア活動。
地域のイベントへの参加。
自然の中で活動する機会も多かった。

家族だけではなかなか経験できないことも多く、
息子にとっては貴重な体験だったと思う。

また、
ボーイスカウトには進級制度があり、
できることが増えると、
記章(バッジ)がもらえる。
ロープ結びができた。
火おこしができた。
ひとつずつ課題をクリアしていく。
小さな成功体験が、
目に見える形で残るのは良かったと思う。

学校では苦手なことが目立つことも多かった。
だからこそ、
「できた」
という経験は、
息子にとって自信につながっていたように思う。
また、
異年齢の子どもたちと関われたことも良かった。
学校とは違う人間関係の中で過ごせたことは、
息子にとって良い経験になったと思う。
自宅で家族と過ごすだけでは体験できなかったことを、
たくさん経験することができた。
ADHD息子がボーイスカウトで大変だったこと
カブスカウト(小学3〜5年生)の間は、
班に保護者が1人入り、
一緒に活動していた。
その保護者のサポートがあったことは、
とても大きかったと思う。
だからこそ、
なんとか活動を続けることができていた。
それでも、
大変なことはたくさんあった。
持ち物管理
まずは持ち物管理だった。
キャンプなどのアウトドア活動では、
自分の荷物を管理する。
使った道具を元に戻す。
そういった整理整頓の力が求められる。
そのどれもが、
息子にとっては簡単なことではなかった。
活動前の準備も、
息子一人で行うことは難しかった。
結局は親が確認しながら準備を進めていた。
親のサポートなしで参加するのは、
正直難しかったと思う。
キャンプ中は、
本人なりに頑張っていたと思う。
でも、
帰宅後の荷物は本当にぐちゃぐちゃだった。
濡れた物。
汚れた物。
どこに何があるのかわからない状態。
その荷物整理に、
私は毎回悲鳴を上げていた。
集団行動
また、
集団行動も簡単ではなかった。
セレモニーで話を聞く時間。
全員が集まるまで待つ時間。
次の指示を聞く時間。
体を動かしている時は楽しそうだったが、
じっと待つことや話を聞くことは、
息子にとって負担だったと思う。
本人なりに頑張っていても、
周りと同じようにはできないことがある。
そんな場面は少なくなかった。
ボーイスカウトを辞めた理由
辞めた理由は一つではない。
ただ、
決定的だったのは小学6年生の夏のキャンプだった。
小学6年生になると、
カブスカウトからボーイスカウトへ進級する。
保護者は班に入らなくなり、
子どもたちだけで活動することが増える。
班長は中学生だった。
そのキャンプで、
息子はできないことを何度も注意された。
そして、
「ボーイスカウト向いてない」
と言われてしまった。
その言葉は、
息子にとってとても大きかった。
心が折れてしまったのだと思う。
それ以降、
続けていく気持ちを持てなくなってしまった。
本人は、
もうその班ではやっていけないと感じていた。
親としても、
そんな辛い思いをしてまで続ける必要はないと思った。
同時に、
ADHDの特性を理解してもらい、必要なサポートがなければ、周りと同じように行動することは難しい。
そんな現実を改めて感じた出来事でもあった。
そうして、
小学6年生の秋に退団することになった。
今振り返って思うこと
今振り返ると、
続かなかったことは少し残念だったと思う。
でも、
キャンプでは、
親から離れて数日間過ごした。
思うようにいかないこともあったと思う。
それでも、
なんとかやり切った。
ハイキングでは、
体力に自信がある方ではなかったのに、
長い距離を歩いた。

募金活動では、
駅前で大きな声を出して呼びかけをしていた。

異年齢の子どもたちとの関わりもあった。
ボーイスカウトでしかできなかった経験は、
たくさんあったと思う。
息子に向いていた部分もあった。
向いていなかった部分もあった。
だから、
ADHDだから向いている。
ADHDだから向いていない。
そう単純な話ではないのだと思う。
結果としては辞めることになった。
でも、
無駄だったとは思っていない。
あの3年間は、
息子にとっても、
親にとっても、
大切な経験だったと思う。
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