母の限界と放課後デイサービス|ADHD息子ヒストリー⑤|はじめての外の支え

ADHD

当時の私は、かなり疲れていた。

息子との毎日は、小さな衝突の連続だった。

勉強のこと。

学校のこと。

生活のこと。

習い事や家庭学習も、うまくいかないことの方が多かった。

息子に合う方法を探しているつもりなのに、最後には私が怒ってしまう。

どうすればよいのか、分からなくなっていた。

▶︎ 習い事の紆余曲折|ADHD息子ヒストリー④|うまくいかない理由がわからなかった頃

ADHDについて調べる中で、私は「療育」という言葉を知った。

通院や投薬だけでは、日々の困りごとはなくならない。

家庭の中だけで何とかしようとしても、私にはもう限界が近づいていた。

「息子に療育を受けさせたい」

「誰かに助けてもらいたい」

そんな思いで、市役所へ相談に行った。


市役所で初めて、放課後デイサービスについて詳しい説明を受けた。

学校が終わったあとや長期休みに通い、子どもの特性や困りごとに応じた支援を受けられる場所だという。

その後、実際に施設を見学した。

対応してくれた職員の方は、ADHDについてよく理解していた。

息子の学校や家庭での困りごとを伝えると、どのような支援ができるのかを丁寧に説明してくれた。

一人ひとりに合わせて支援計画を作り、その子に必要な関わりを考えてくれるという。

その話を聞き、私は藁にもすがる思いですぐに利用を決めた。


当時、家庭での大きな困りごとの一つが宿題だった。

息子には、

「宿題は、毎日やらなければいけないもの」

という意識がほとんどなかった。

何度声をかけても始めない。

やっと始めても、すぐに別のことへ気持ちが向いてしまう。

宿題をさせようとするたびに、親子でぶつかっていた。

私には、息子がなぜ取り組めないのか理解できなかった。

放課後デイサービスでは、職員の方に見守られながら宿題に取り組むことができた。

宿題を終えて帰ってきてくれる。

それだけで、家での衝突が一つ減った。

私自身も、かなり救われた。

ほかにも、

  • スケジュールを見える形にして行動を促す
  • 場面に応じた行動を一緒に考える
  • 息子の特性に合わせて声をかける

といった支援を受けることができた。

家庭では感情的になってしまうことも、息子の特性を理解している人が落ち着いて支えてくれる。

私たち親子にとって、初めてできた外の支えだった。


支援の内容に助けられる一方で、施設の環境には気になることもあった。

室内が騒がしく、落ち着かないことが多かった。

大きな声や激しい物音がする環境に、息子は強いストレスを感じていた。

最初のころの私は、

「放課後デイサービスとは、こういう場所なのかもしれない」

と思っていた。

見学したのは、その一か所だけ。

自宅から近く、通いやすいことを優先して決めた施設だった。

しかし、通い続けるうちに疑問を感じるようになった。

息子を支援するための場所が、息子にとって大きなストレスになっていてよいのだろうか。

支援が必要だからといって、どの施設でも合うわけではない。

ほかの放課後デイサービスも探してみようと思った。


インターネットで調べる中で参考にしたのが、LITALICO発達ナビだった。

そこで初めて、放課後デイサービスにはさまざまな特徴があることを知った。

運動を中心にしている施設。

学習支援に力を入れている施設。

SSTやコミュニケーションを重視する施設。

パソコンや就労準備に取り組む施設。

それまでの私は、放課後デイサービスはどこも同じような場所だと思っていた。

けれど、実際には施設ごとに雰囲気も支援内容も大きく異なっていた。

複数の施設を併用できることも、このとき初めて知った。

また、住んでいる自治体の施設だけでなく、送迎などの条件が合えば近隣の自治体にある施設へ通える場合もあると分かった。

通える範囲を広げ、複数の施設を調べた。

問い合わせをして、実際に見学にも行った。


最初の施設を離れたあと、息子は二か所の放課後デイサービスへ通うようになった。

一つは、学習塾が運営する「シュウエール」という施設だった。

一人ひとりの認知特性を見ながら、つまずいているところまで戻り、スモールステップで学習を進めてくれる。

学習時間は、基本的に30分ほど。

短いように見えるかもしれない。

けれど息子の場合、長時間勉強を続けることは難しい。

家庭では、その30分さえ取り組めない日も多かった。

始められたとしても、5分や10分で終わってしまうこともある。

息子にとっては、支援してくれる人がいる環境で集中して取り組む30分が、とても大切な時間だった。

「できないところを責められる」のではなく、できるところまで戻り、小さな成功を積み重ねる。

家庭学習とは違う形で、勉強を支えてもらうことができた。


もう一つは、「はびねすジョブ」という就労準備型の放課後デイサービスだった。

小学校高学年以上の子どもを対象に、SSTやパソコンスキルなどにも取り組んでいる。

比較的年齢の高い子どもが利用しているため、施設内は落ち着いた雰囲気だった。

騒がしい環境が苦手な息子も、安心して過ごせているようだった。

勉強だけでなく、将来働くために必要なことを少しずつ経験できる。

息子の好きなパソコンに触れられることも、施設へ通う理由の一つになった。

同じ放課後デイサービスでも、環境や取り組む内容によって、息子の過ごし方は大きく違った。

支援の種類だけでなく、その場所が本人に合っているかどうかが大切なのだと感じた。


放課後デイサービスを利用してよかったと感じることが、いくつもある。

  • 学校以外の居場所ができた
  • 特性を理解したうえで支援してもらえた
  • 家族以外にも息子を理解してくれる大人ができた
  • 親も困りごとを相談できるようになった
  • 土曜日や長期休みに活動する機会ができた

長期休みには、イベントや外出などの体験をさせてもらうこともある。

家にいると、好きなことだけをして一日が終わってしまうことも多い。

家族だけでは経験させられない活動に参加できることも、ありがたいと感じている。

何より大きかったのは、息子のことを家庭だけで抱えなくてよくなったことだった。


放課後デイサービスを探し始めたころの私は、

「息子を何とかしてもらいたい」

と思っていた。

疲れ切り、自分ではもう手に負えないと感じていた。

けれど、放課後デイサービスは、息子を変えてもらう場所ではなかった。

息子が過ごしやすい方法を一緒に考えてもらう場所。

息子のできることを少しずつ増やしていく場所。

そして、親も支えてもらう場所だった。

発達に特性のある子どもの子育てを、親だけで抱える必要はないのだと思う。

相談できる場所がある。

息子を理解してくれる大人が、家族以外にもいる。

それだけでも、私の気持ちは少し軽くなった。

現在、息子は、

  • 放課後デイサービス
  • 学校の特別支援教室
  • 通院している病院

など、いくつもの場所に支えてもらっている。

外へ助けを求めたことは、息子のためだけではなく、私自身が親であり続けるためにも必要なことだった。


困りごとへの支援から始まった放課後デイサービス。

けれど、通い続ける中で、できないことだけではなく、息子の得意なことにも目を向けられるようになった。

好きなことには集中できる。

興味を持ったことは、自分で深く調べる。

工作やパソコンでは、驚くような力を見せる。

息子の「好き」は、ただの遊びではなかった。

次の記事では、さまざまな経験を通して見えてきた、息子の「得意」を伸ばすことについて振り返ります。


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▶︎ シリーズ一覧
① 恐竜博士だった息子|興味ドリブンの幼少期

② 幼少期に感じていた違和感|癇癪と過集中

③ WISC検査で見えた息子の特性|特性が見えた日

④ 習い事の紆余曲折|うまくいかない理由がわからなかった頃

⑤ 母の限界と放課後デイサービス|はじめての外の支え

⑥ 好きは力になる|見えた「得意」を伸ばす


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