息子は、小さいころから「好き」がとても強い子だった。
ひとつのことに興味を持つと、寝ても覚めても、そのことで頭がいっぱいになる。
本を読む。
動画を見る。
名前や特徴を覚える。
絵を描いたり、工作したりする。
好きなことには、驚くほどの集中力を見せた。
一方で、興味のないことには、なかなかエネルギーが向かない。
そんな息子の「好き」の歴史は、恐竜から始まった。
幼稚園のころ、突然恐竜に夢中になった
息子が恐竜に夢中になったのは、幼稚園のころだった。
きっかけは、家にあった子ども向けの恐竜図鑑。
何冊か買った図鑑の中の一冊だったが、息子はその本を何度も繰り返し読んでいた。
スピノサウルス。
アンキロサウルス。
ブラキオサウルス。
恐竜の名前だけでなく、肉食か草食か、どの時代に生きていたのか、どんな特徴があるのかまで、次々と覚えていった。
図鑑のどこに何が載っているのかも、ほとんど頭に入っているようだった。
図書館へ行けば、借りるのは恐竜の本。
違う図鑑を読むたびに、新しい知識を吸収していった。
私が知らないことを息子に教えてもらうことも多かった。
まるで、小さな恐竜博士だった。
恐竜を通してカタカナを覚えた
息子には、幼いころから読み書きの苦手さがあった。
文字の練習には、あまり興味を示さない。
書こうとしても、なかなか覚えられない。
けれど、恐竜の名前は別だった。
長くて難しいカタカナの名前を、図鑑を読みながら自然に覚えていった。
文字を覚えさせようとして練習させても、思うようには進まない。
それなのに、大好きな恐竜の名前なら、どんどん読めるようになる。
その姿を見て、私は初めて気づいた。
息子は学ぶ力がないのではなく、興味を持てるかどうかで、力の出方が大きく変わるのかもしれない。
当時はまだ、ADHDの特性について詳しく知らなかった。
それでも、息子にとって「好き」が大きな原動力になることは感じていた。
息子の「好き」は、次の世界へ広がっていった
恐竜への興味が落ち着くと、息子の関心は、ほかの生き物へ広がっていった。
魚。
爬虫類。
川にすむ生き物。
ひとつのことをきっかけに、関連するものへ興味がつながっていく。
その後も、息子の「好き」は次々と変化した。
ミニ四駆。
レゴ。
映画。
飛行機や戦闘機。
夢中になる対象は変わっても、ひとつの世界へ深く潜っていく姿は変わらなかった。
興味を持つと、自分で調べ、覚え、試してみる。
誰かに言われなくても動き出す。
それが、息子の学び方なのだと思う。
紙飛行機を作り続けた時期もあった
飛行機に夢中になったころは、家で紙飛行機を大量に作っていた。
「どうしたら、もっと遠くまで飛ぶのか」
「どんな形なら、長く飛んでいられるのか」
折り方を変え、飛ばしては作り直す。
気づけば、家の中もカバンの中も紙飛行機だらけになっていた。
戦闘機の絵を描いたり、工作したり、プラモデルを作ったりすることもあった。
厚木基地のイベントへ行ったときには、並んでいる機体を見ながら、私に一つひとつ説明してくれた。
私には区別がつかない機体も、息子には違いが分かる。
その知識量と記憶力に、あらためて驚かされた。
飛行機や戦闘機に夢中になった息子の様子は、こちらの記事に詳しく書いています。
▶︎ 飛行機と戦闘機に夢中な息子|好きが原動力のADHD気質
好きなことなら、驚くほど力を発揮する
恐竜や戦闘機のテストがあったら、息子はきっと高得点を取ると思う。
けれど、学校の勉強になると、話はまったく違う。
興味を持てない教科の勉強には、なかなか取りかかれない。
覚えようとしても頭に入らず、途中で気持ちがそれてしまう。
好きなことには、何時間でも集中できる。
興味のないことには、最初の一歩を踏み出すことさえ難しい。
この大きな差は、成長するにつれて、息子自身の困りごとにもなっていった。
「好きなことに集中できるのだから、勉強も頑張ればできるはず」
以前の私は、そう思っていた。
けれど、息子にとっては、好きなことへの集中と、必要だから取り組むことへの集中は、同じものではなかったのだと思う。
「好き」は息子を知るための入り口だった
恐竜から始まった、息子の興味の歴史。
振り返ると、息子はずっと、自分の「好き」を通して世界を広げてきた。
恐竜を通してカタカナを覚えた。
生き物を通して知識を増やした。
飛行機を通して、調べることや作ることを楽しんだ。
息子の興味は、親の思うようには向かない。
学校の勉強へ、そのまま結びつくとも限らない。
それでも、好きなことに夢中になる姿の中には、息子の集中力や記憶力、好奇心、工夫する力が表れている。
できないことだけを見ていると、息子が持っている力を見失ってしまう。
恐竜博士だった幼い息子は、私にそのことを教えてくれていたのかもしれない。
ただ、このころの私は、息子の強い集中力を「個性」だと思っていた。
その一方で、日常生活の中では、少しずつ気になることも増えていった。
激しい癇癪。
切り替えの難しさ。
周囲が見えなくなるほどの過集中。
次の記事では、幼少期に感じ始めた違和感について振り返ります。
ADHD息子ヒストリー
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① 恐竜博士だった息子|興味ドリブンの幼少期


