40代主婦がLinkedInに挑戦してみようと思った日|新しい働き方への一歩

私のこと

46歳。

また一つ、新しい挑戦を始めてみようと思っている。

最近、LinkedIn(リンクトイン)のプロフィールを少しずつ作り始めた。

まだ完成もしていない。

応募もしていない。

もちろん、仕事も決まっていない。

LinkedIn(リンクトイン)は、世界中で利用されているビジネス向けのSNSだ。

日本では転職サイトというイメージを持つ人も多いかもしれない。

でも海外では、プロフィールを公開して仕事を探したり、企業からスカウトを受けたり、ビジネス上のつながりを広げたりするためのプラットフォームとして広く利用されている。

私は今、このLinkedInを使って、海外企業の日本語ネイティブ向けの仕事に挑戦してみようと思っている。

この記事では、40代主婦の私がLinkedInに挑戦しようと思った理由と、そのために自分の職歴を振り返る中で気づいたことを書いていこうと思う。

「やってみたい。」

そう思ったら、無性に始めてみたくなった。

今は、LinkedInのプロフィールを一つひとつ作っている最中だ。


きっかけは、たまたま見た一本のYouTube動画だった。

内容は簡単に言うと、

「日本語ネイティブ」という強みを生かして、海外企業の仕事に挑戦する。

というものだった。

英語が完璧でなくても、LinkedInを活用しながらAIも使って応募し、実際に働いている人がいることを知った。

その瞬間、

「もしかしたら、私にもできるかもしれない。」

そう思った。

英語は学生の頃、本気で勉強した時期がある。

話すことは得意ではない。

でも、TOEICの勉強をしていた頃から、聞くこと・読むこと・書くことは好きだった。

そして今は、リモートで事務の仕事を続けている。

Google WorkspaceやMicrosoft Officeを使った仕事にも慣れている。

さらに、このブログでは、日本語で文章を書き続けている。

一つひとつは特別な経験ではない。

でも、振り返ってみると、それらが少しずつ今の挑戦を後押ししてくれているような気がした。

だからこれは、

ゼロから新しいスキルを身につける挑戦ではない。

今まで積み重ねてきた経験を、世界に向けて発信してみる挑戦。

そんな気持ちでいる。


今まで私は、

「日本人だから、日本語が話せるのは当たり前。」

そう思っていた。

だから、日本語を使うことが「スキル」だなんて考えたこともなかった。

でも、海外企業から見れば、

日本語ネイティブであること自体が、大きな強みになる。

その考え方に、ハッとした。

実は私は、現在、ゲームローカライズに関わる会社で働いている。

日本のゲームを海外向けにローカライズする仕事に携わり、英語ネイティブの採用に関わることもある。

だからこそ、

「ネイティブだからこそできる仕事」

という感覚は、少し理解できる。

英語ネイティブが価値になるように、

日本語ネイティブであることにも価値がある。

そう考えると、自分の見え方が少し変わった。


ここ14年ほどは、ほぼ主婦として子育てをしながら、現在は週3日の在宅パートを続けてきた。

この働き方に不満があったわけではない。

むしろ、子育てとのバランスを考えると、自分には合っている働き方だったと思う。

それでも、心のどこかで、

「もっと仕事に挑戦してみたい。」

そんな気持ちを持ち続けていた。

家事や育児、仕事に追われる毎日は、自分には合わない。

だから今の働き方を選んできた。

でも、

「もう少し、自分の力を試してみたい。」

そんな思いは、ずっと心の中にあった。


今回、LinkedInのプロフィールを作るために、自分の職歴や経験を一つずつ整理してみた。

すると、それまで

「大したことはない。」

と思っていた経験にも、

ちゃんと積み重ねがあることに気づき始めた。

新卒で入社したJTB。

お客様一人ひとりの希望を伺い、旅行を手配し、調整する仕事だった。

「相手の立場で考えること」

「正確に手配すること」

社会人としての基礎は、この頃にたくさん学んだ。


その後は、ダイキンのグループ会社で業務渡航に携わった。

海外出張や海外赴任に関わる航空券やビザの手配など、企業の海外業務を支える仕事だった。

世界を相手に仕事をする人たちを、裏側から支える。

直接海外で働いていたわけではない。

でも、

「世界と仕事がつながる現場」

を身近で見てきた。

仕事を通じて、デルタ航空の研修でニューヨークやデトロイトを訪れ、現地の空港や航空会社のオペレーションを学ぶ機会にも恵まれた。

海外で働く人たちや、グローバルなビジネスの現場に触れた経験は、当時の私にとって大きな刺激だった。

あの頃は、まさか自分が海外企業へ挑戦しようと思う日が来るなんて、想像もしていなかった。


現在は、ゲームローカライズ会社でフルリモート勤務をしている。

人事・総務・経理補助を中心に、採用や翻訳部門のサポートなど、幅広い業務に携わってきた。

目立つ仕事ではない。

でも、

「誰かが気持ちよく仕事ができるように支えること」

そんな仕事が、私は昔から好きだった。

振り返ってみると、

JTBでも。

業務渡航でも。

そして今の仕事でも。

私はずっと、

「誰かを支える仕事」

を選んできたのかもしれない。


そして、このブログ。

50記事以上書き続ける中で、

「伝わる文章を書くこと」

「情報を整理すること」

も、自分の経験の一つになっていた。

最初は、自分の気持ちを残し、発信するために始めたブログだった。

でも、書き続けるうちに、

文章を書く力や、

相手に伝わるように考える力も、

少しずつ身についていたように思う。

今になって、

その積み重ねも、自分らしい強みの一つだったのかもしれないと感じている。


振り返ってみると、

私は、人を支え、世界とつながる仕事に、少しずつ関わってきた。

旅行。

業務渡航。

ゲームローカライズ。

そしてブログ。

一見すると、バラバラな経験に見える。

今まで私は、

「特別な経歴なんてない。」

そう思っていた。

でも、LinkedInのプロフィールを作るために職歴を整理してみると、

自分では当たり前だと思っていた経験にも、

一つひとつ意味があり、

少しずつ積み重ねてきたものがあった。

LinkedInのプロフィールを作りながら、

バラバラだと思っていた経験が、

一本の線でつながっているのかもしれない。

そんなことを、初めて感じた。


もちろん、不安もある。

英語は昔ほど自信があるわけではない。

LinkedInも初めて。

海外企業なんて、自分とは縁のない世界だと思っていた。

プロフィールを書くことさえ、今も試行錯誤しながら進めている。

それでも、

ブログを書き続けたこと。

在宅ワークを続けてきたこと。

日本語を使って仕事や発信を続けてきたこと。

それらは決して無駄ではなかったと、

少しずつ思えるようになってきた。

だから私は今、

「もう一度、新しい世界に挑戦してみたい。」

そんな思いで、LinkedInへの登録という、小さな一歩を踏み出している。

まだプロフィールも完成していない。

応募もしていない。

この挑戦が、どうなるのかは、まだ私にも分からない。

でも、このブログは、

「整った結果」ではなく、

「整えながら進む過程」

を記録する場所。

だから今回も、

挑戦を始めた「今」を残しておきたいと思った。

数か月後、

「勇気を出してよかった。」

そう思えているのか。

それとも、

違う道を歩いているのか。

それは、まだ分からない。

でも、46歳になった今、

「やってみたい。」

そう思えた自分の気持ちは、大切にしたい。

このLinkedInへの挑戦が、どんな未来につながるのか。

その過程も、このブログで少しずつ記録していきたいと思う。

これからは、LinkedInのプロフィール作成や応募、その後の経過も、このブログで記録していきたいと思う。

※この記事は2026年7月時点の体験をもとに書いています。
LinkedInや採用状況は今後変更される場合があります。

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