このブログに登場する息子は、ADHDのある中学2年生だ。
小さいころから、好きなことにはとことん夢中になる子だった。
恐竜の図鑑を繰り返し読む。
生き物の名前や特徴を覚える。
紙飛行機やレゴで、思いついたものを作る。
興味を持ったことには、私が驚くほどの集中力や記憶力を見せる。
一方で、片づけや持ち物の管理、気持ちの切り替えは苦手だった。小学校に入ると、宿題や学校生活でも困ることが増えていった。
できることと、できないことの差が大きい。
なぜうまくいかないのか、私にも、本人にも分からない時間があった。
その後、相談や検査、医療機関での診察を通して、息子の特性を少しずつ知るようになった。
けれど、ADHDと分かったからといって、すぐに何かが解決したわけではない。
学校の特別支援教室や放課後等デイサービスなど、家庭の外にも支えを借りながら、今も試行錯誤している。
ここでは、幼少期から「得意」が見えてきた今までを、6つの記事に分けて振り返っている。
同じように「うちの子、何か違うかも」と感じている方や、子どもに合う関わり方を探している方へ。
気になるところから読んでもらえたらうれしい。
息子のこれまでを、簡単に振り返ると
幼稚園のころは、恐竜に夢中だった。好きなことへの集中力に驚く一方で、激しい癇癪や片づけの苦手さに戸惑うこともあった。
小学校に入ると、忘れ物や持ち物の管理、授業への参加、宿題など、困りごとが少しずつ目立つようになった。
小学2年生の面談で学校での様子を詳しく知り、相談室や特別支援教室につながった。その後、WISC検査や医療機関での受診を通して、息子の得意と苦手を知っていった。
習い事では、うまくいかない経験を何度も重ねた。家庭だけで何とかしようとして、私自身が限界を感じたこともある。
放課後等デイサービスという外の支えを借り、息子に合う場所を探す中で、少しずつ「できないこと」以外にも目を向けられるようになった。
今は、レゴや工作、飛行機、プログラミングなど、好きなことに取り組む息子の姿を大切にしたいと思っている。
これは、わが家が歩いてきた経過だ。相談先や支援につながる順序は、地域や子どもの状況によって異なる。
① 恐竜博士だった息子|興味ドリブンの幼少期
息子の「好き」の始まりは、恐竜だった。
図鑑を何度も読み、長い名前や特徴まで次々と覚えていく。文字の練習にはあまり興味を示さなくても、大好きな恐竜の名前なら自然に読めるようになった。
当時は、そんな姿を「個性」だと思っていた。
息子の興味が、学びの入り口になっていた幼少期の記録。
▶ 恐竜博士だった息子|ADHD息子ヒストリー①興味ドリブンの幼少期
② 幼少期に感じていた違和感|癇癪と過集中
好きなことには、周りが見えなくなるほど集中する。
思いどおりにならないと、激しく泣く。
片づけや持ち物の管理が、なかなかできない。
一つひとつは「子どもならよくあること」だと思っていた。
けれど、小学校に入り、自分で管理することや集団で動くことを求められるようになると、息子の困りごとが目立ち始めた。
小学2年生の面談で学校での姿を知り、支援へつながる一歩を踏み出すまでを振り返る。
▶ 幼少期に感じていた違和感|ADHD息子ヒストリー②癇癪と過集中
③ WISC検査で見えた息子の特性|理解の手がかりを得た日
相談室へ行く前に、私は息子の長所や困りごとをメモにまとめた。
息子のことを分かってもらいたい。
必要な支援につなげたい。
その思いで、一つひとつ書き出していたのを覚えている。
初めてのWISC検査では、息子の中にある得意と苦手の差を知った。
「理解できること」と「覚えながら行動すること」は、同じではない。
「やればできるはず」と思っていた私が、息子への見方を少し変えるきっかけになった。
相談、検査、受診、治療につながっていった時期の記録だ。
※WISCの数値だけでADHDかどうかが決まるわけではない。記事では、息子が受けた検査と説明、その後の経過を書いている。
▶ WISC検査で見えた息子の特性|ADHD息子ヒストリー③特性が見えた日
④ 習い事の紆余曲折|うまくいかない理由が分からなかったころ
公文、サッカー、スイミング、英語、タブレット学習。
その時々で、「これなら合うかもしれない」と思うものを試してきた。
けれど、続けやすいものもあれば、親子で苦しくなってしまうものもあった。
毎日少しずつ取り組むこと。
気持ちを切り替えること。
書くこと。
学習を始めること。
同じ「続かなかった」でも、難しかったことはそれぞれ違った。
当時は分からなかったつまずきを、習い事ごとに振り返っている。
▶ 習い事の紆余曲折|ADHD息子ヒストリー④うまくいかない理由がわからなかった頃
⑤ 母の限界と放課後等デイサービス|はじめての外の支え
宿題を始めない。
声をかけると、ぶつかる。
私も、感情的になってしまう。
家庭だけで何とかしようとしていたころ、私自身が疲れ切っていた。
放課後等デイサービスを利用し、宿題を終えて帰ってきてくれるだけで、親子の衝突が一つ減った。
ただ、最初の施設が息子に合っていたわけではない。
騒がしい環境が負担になり、ほかの施設を探す中で、場所によって雰囲気や支援内容が大きく違うことを知った。
息子に合う場所を探し直した経験と、家庭の外に支えができたことについて書いている。
▶ 母の限界と放課後デイサービス|ADHD息子ヒストリー⑤はじめての外の支え
⑥ 好きは力になる|見えてきた「得意」を伸ばす
自然の中での体験。
レゴやロボット。
プログラミング。
好きなことなら、うまくいかなくても、方法を変えてもう一度試せる。
学校の勉強だけを見ていると気づきにくい息子の力が、そこにはあった。
中学校には入りたい部活動がなく、息子が興味を持てる場所を探して出会ったのが、レゴとプログラミングを組み合わせた教室だった。
学年に合わせることより、本人が理解し、「できた」と感じられるところから始める。
いろいろなつまずきを経験して、私も少しずつ、そんな選び方ができるようになった。
苦手なことへの支援と、得意を伸ばすこと。その両方を大切にしたいと思うようになった記録だ。
▶ 好きは力になる|ADHD息子ヒストリー⑥見えた「得意」を伸ばす
中学生になった今も、試行錯誤している
今も、すべてがうまくいっているわけではない。
勉強や提出物。
持ち物の管理。
これからの進路。
悩むことは、まだたくさんある。
私も、分かっているつもりなのに怒ってしまう日がある。できていないことばかりが気になって、息子の得意なことを見失いそうになることもある。
それでも以前より、息子を変えることだけを考えるのではなく、息子に合う仕組みや環境を探すようになった。
本人に任せること。
親が支えること。
学校や周囲に頼ること。
その分け方を、今も考え続けている。
現在の学校生活や勉強、進路については、こちらに記録している。
学校との連携や支援を知りたい方へ
▶ ADHD中学生の学校面談|できないことを「仕組みと支援」で補うために相談したこと
家庭でのテスト勉強に悩んでいる方へ
▶ ADHD中学生のテスト勉強|支援教室で計画を立てても、すぐには始められない
中学生からの進路を考えている方へ
▶ 中2ADHD息子の進路|通信制高校を考え始めた
この記録を残している理由
振り返ると、分からないまま、手探りで過ごした時間の方が長かったように思う。
その時はうまく言葉にできなかったことも、書いてみると、少しずつつながっていく。
息子は、できないことだけでできているわけではない。
好きなことに触れているときの表情や、夢中で話してくれる姿も、息子の大切な一部分だ。
このブログでは、うまくいったことだけでなく、迷いや失敗も含めて残していきたいと思っている。
同じように悩んでいる方にとって、お子さんを理解する小さな手がかりになればうれしいです。


